7月の御言葉

 だれかが弱っているなら、わたしは弱らないでいられるでしょうか。

だれかがつまずくなら、私が心燃やさないでいられるでしょうか。

誇る必要があるなら、わたしの弱さにかかわる事柄を誇りましょう。       

(コリントの信徒への手紙二 11章29〜30節)

 

「イエスさまに出会ったころのこと〜弱さの中で」

 桔梗が丘ルーテル教会の皆さま、いかがお過ごしでしょうか。いつのまにか梅雨になり、蒸し暑い毎日です。どうぞ、ご健康には十分にご留意ください。

敬愛する北山琢先生は、6月25日に、心房細動と心房粗動の手術を受けられました。この原稿を書いているのは、手術の前日ですが、先生は病室から、在宅礼拝のためのさまざまなご指示を発信してくださっています。先生の上に、主なる神さまのお支えと平安、癒しをお祈りください。

 月報5月号、6月号で、私自身が、イエスさまに出会ったころのことを書かせていただいています。今回もその続きです。

 友人の勧めによって聖書を買い求め、ルーテル・アワーの聖書通信講座で南大阪ルーテル教会を紹介された私は、休日の月曜日に教会を訪ね、岩井代三先生からマンツーマンで『小教理問答書』の学びをしていただきました。そして、1970年1月1日の元旦礼拝で、洗礼の恵みをいただきました。日曜日に、仕事を休めない私のために、岩井先生がそのように計らってくださったのです。

 受洗後の教会生活も、多くのクリスチャンとはずいぶんちがったものでした。相変わらず、月曜日が休日だった私のために、岩井先生は、日曜日の礼拝のすべてをテープに録ってくださり、月曜日に、私が一人でそのテープに聞きながら、礼拝をまもりました。今、想像しますと不思議な光景ですが、私には、ほんとうに大きな恵みの時でした。時を同じくして、大阪ルーテル・センター教会(現・港ルーテル教会)のグードイ先生が、月曜日休日の若い人たちのために、「月曜礼拝」を初めてくださり、私は、月曜日に二つの礼拝をまもっていました。そのころのことだったと思いますが、先月紹介した、私に伝道してくれた友人が九州から私の所に来てくれたことがありました。その時、おもしろい歌があると言って教えてくれたのが、『イエスさまがいちばん』でした。

 1972年4月に、私は神戸ルーテル聖書学院に導かれました。岩井代三先生のお勧めによるものでした。そのころ、理容師免許も取得していた私は、店の主人に店を辞めて聖書学院に行きたいと伝えました。ずいぶん反対されましたが、親が許せばよいということで、日曜日の仕事が終わった後、夜行列車で田舎に向かいました。1972年2月のことです。家族は大反対でしたが、夜中に家に着き、少し休んで朝になったとき、父がすべてを受け入れたことを知りました。その日は、「浅間山荘事件」の当日でした。テレビで報道されるそのようすを見て、大阪に戻りました。

 聖書学院の一年間は、ほんとうに楽しいものでした。一人の学生は、寮にギターを持ち込んでいましたが、よしだたくろうや古井戸の歌を知ったのは、彼のおかげです。そのころから、教会でも、ギターで歌うことが盛んになっていったように思います。

 聖書学院修了後は、西奈良ルーテル教会で伝道実習生として働きながら、夜は、奈良高校定時制に通いました。4年間の実習と高校生活の後、神戸ルーテル神学校に入学しました。北山先生は大病を患って2年間神学校卒業が遅れましたが、私は、怠けていて卒論が書けず、2年間卒業が遅れました。何とも情けないことですが、私らしいといえば私らしいことなのかなと思っています。

 神学校で学びながらも、将来、牧師として歩むことに、私は不安をおぼえていました。ほかの道もあるのではないかという気持ちもありました。ずいぶんと、私の心は揺れ動いていました。そんな折に聞こえてきたのが、上にあげたみ言葉です。「だれかが弱っているなら、わたしは弱らないでいられるでしょうか。だれかがつまずくなら、私が心燃やさないでいられるでしょうか。誇る必要があるなら、わたしの弱さにかかわる事柄を誇りましょう」。このみ言葉をいただいて、神さまが、私の弱さを用いてくださるのなら、すべてを主にお任せしてお従いしようと思いました。

 そして、今日まで、私は、自らの弱さを引きずりながら歩んできました。決して、神さまに喜ばれるような歩みではありませんでした。しかし、主イエスさまの深い憐れみの中で導かれてきた日々であり、多くの兄弟姉妹がた、教会の先生がたとの恵まれたお交わりをいただいてきました。ただただ、主の大きな恵みに感謝しています。

 神さまが、いつまで、この私を永らえさせてくださるか分かりません。主が、生かしたくださる限り、「主よ、私を憐れんでくださり、私の弱さを用いてください」という祈りをもって、歩ませていただきたいと願っています。

ありがとうございます。  

       (牧師 屼ノ下照光)


2020年 6月のお花🌸

6月14日

紫陽花の季節がやってきましたね。





6月21日





ホタルブクロの花も可愛いです💕


お庭にお花が咲きました。



6月28日




6月の御言葉

ところが、サウロが旅をしてダマスコに近づいたとき、

突然、天からの光が彼の周りを照らした。

サウロは地に倒れ、「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」

と呼びかける声を聞いた。

「主よ、あなたはどなたですか」と言うと、答えがあった。

「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。

起きて町に入れ。そうすれば、あなたのなすべきことが知らされる」 

                (使徒言行録 9章3〜6節)

 

         「イエスさまに出会ったころのこと〜待ち伏せする神」

 皆さま、いかがお過ごしでしょうか。3月からずっと、皆さまに会えないという異常な事態が続いています。ともに礼拝に集えないこと、愛する兄弟姉妹がたに会えないことが、こんなにも辛いことなのかと、思い知らされています。緊急事態宣言は解除されましたが、新型コロナウィルスがなくなってしまったわけではなく、まだまだ注意が必要のようです。皆さまに会える日を、祈りながら、心待ちにしています。どうぞ、十分にご注意ください。

 北山琢先生の教師試験は、ほとんど終わっていますが、コロナウィルスの感染の混乱の中で中断という形になっています、この試験が一刻も早くすべてが終わって、彼が、この教会の牧師として立たれることを願っています。先生の健康とすべてが守られますよう、お祈りください。

 私自身が、イエスさまに出会ったころのことを、前回から書かせていただいています。今回はその続きです。「十五、十六、十七」をひとりぼっちでうつむいたまま歩んでいた私でしたが、その暗い日々のことを、田舎の中学の同級生への手紙にしたためました。彼は、大学受験をひかえていましたが、手紙の返事で、彼自身が受験勉強の中で深い悩みを経験し、教会に導かれ、イエスさまに出会ったことを書いてくれました。そして、聖書を読むことと教会に行くことを、私に勧めてくれました。彼は、1969年3月30日のイースターに洗礼を受けました。なお、この3月30日というのは、フランシーヌ・ルコンテという女性がパリで焼身自殺をした日です。彼女は、ベトナム戦争、ビアフラの飢餓の問題に抗議して、自らに火を放ちました。「3月30日の日曜日、パリの朝に燃えた命ひとつフランシーヌ」と、新谷のり子さんは歌っています。当時は、戦争激化の中で、ベトナムの僧侶たちの焼身自殺のニュースもひんぱんに聞こえていました。そんな時代でした。

 私は、友人の勧めに従って、近くの商店街の古本屋で聖書を買い求めました。ちょうどそのころ、店で流れているラジオからルーテル・アワーの放送を聞き、それによって『聖書通信講座』を知り、受講を始めました。一度、近所の教会に行きましたが、玄関前でうろうろするだけで、結局中に入る勇気はありませんでした。いつもひとりぼっちだった私には、『聖書通信講座』が合っていたのだと思います。静かに聖書を読み、与えられた課題を書いて、大阪ルーテル・センターに送り続けました。そして、昨年9月の月報にも書きましたように、ルーテル・センターの紹介によって、1969年の夏に、南大阪ルーテル教会に導かれ、岩井代三先生にお出会いしました。

 後に、遠藤周作氏の本によって、フランスのカトリック作家、フランソワ・モーリアックの言葉に触れて、たいへん深い印象を受けました。それは、パウロの回心についての言葉です。

 「主は、エルサレムからダマスコに行く道の、曲がり角で待ち伏せをし、サウロを、つまり彼の最愛の迫害者を狙っていた。このとき以後、すべての人間の運命の中に、この待ち伏せする神がい給うであろう」。

 私たち、それぞれの人生の曲がり角で待ち伏せする神がいるというのです。私を待ち伏せて待っておられた方があったということに、私は大きな感動と感謝を覚えずにはいられません。そして、私と関わってくださった多くの人たちが、この待ち伏せする神に出会ってほしい、気づいてほしい、という思いをもって、私は、主の教会の中を歩んできました。               

(牧師 屼ノ下照光)


2020年 6月7日のお花🌸


在宅礼拝が続きますが、

今朝は、爽やかな風が吹いて気持ちよく、

太陽の光に照らされた木々や、

鮮やかなお花が本当に綺麗でした❣





色とりどりのお花と、澄みきった青空✨

元気が出てきます♪




今日は、三位一体主日です。

教会の暦では大切な祝日となっています。

先週は「聖霊降臨祭」でしたが、

毎年その後の日曜日は日曜日が「三位一体祝日」と定められています。

この日は、教会が信じ、告白している神さまが、「三位一体」の神であるということを特に覚える日とされています。



与えられた聖書の御言葉は、

コリントの信徒への手紙供13章11〜13節

マタイによる福音書 28章16〜20節

です。



神の独り子であるイエス・キリストは、私たちの罪の身代わりとして、十字架につけられ大きな苦しみを負われました。

御子イエス・キリストの苦しみは、父である神ご自身の苦しみでした。

そのことを聖霊なる神さまは、神さまの言葉を通して私たちに語りかけ、その語りかけによって慰めてくださいます。


私たちは、そのことをいつも礼拝において、神さま、主イエスさまの御言葉を聞く時に、そのことを経験しているのです。


三位一体の神さまは私たちのために苦しんでくださる神さまであり、そのお苦しみによって、私たちの苦難の中に、確かな慰めを与えてくださる神さまです。


私たちは今、コロナウィルスの感染による「世界の苦難」の中にあります。


そのような「苦難」の中にある私たちに、確かな救いと慰めをもって私たちを受け入れてくださる「三位一体の神」が、私たちと共にいてくださいます。

この一週間、私たちの「苦難」を共に負い、慰めを与えてくださる「父・み子・聖霊」なる神さまへの熱い祈りをもって、それぞれの歩みを歩ませていただきたいと思います。









2020年 5月のお花🌸

今月の教会のお花を紹介します


5月3日(日)



お庭にも次々に、お花が咲いています✨



5月7日、ツツジも満開になりました。





5月10日(日) 母の日❤



まっすぐ空に向かって。



5月17日(日)





5月24日(日)

暑さのせいか一晩で元気がなくなってしまいました💦



お庭に真っ白な可愛いお花が咲きました。




5月31日(日)は聖霊降臨祭。

教会の誕生日です⛪




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    桔梗が丘ルーテル教会

    (近畿福音ルーテル桔梗が丘教会)
    牧師 : 屼ノ下 照光
       〈はげのした てるみつ〉

    神の栄光をたたえて生きる

    桔梗が丘ルーテル教会
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