喜びに変わる

牧師 山岡由紀子 
9月に入って教会では、先ず敬老の交わり家族礼拝があります。その為に教会のオリーブの会の人たちは、招待状を出し、又手渡し、当日の食事やテーブルの準備の打ち合わせをしてきました。当日の交わり会で今年は大正琴と共に、歌って下さるグループの方々は8月中何度も教会で歌の練習を重ねて来られました。一年に一度高齢の方々を特に覚え、礼拝と交わりを持つことが出来ますのは、本当に嬉しい事です。
長い人生を生きてこられたからこそ、人々に祝っていただけるわけですが、人はそれぞれの人生で、楽しいことばかりではありません。子どもも、若い人も、年寄りも苦しい事、つらいこと、悲しいことを避けて通ることはできません。 イエス様は「 あなたがたは悲しむが、その悲しみは喜びに変わる。 」とおっしゃいます。これを知っているかどうかで、私たちの人生は大きく違ってきます。イエス様は、十字架に架かられ、弟子たちは自分たちだけで取り残され、生きる希望を失ってしまいました。どん底に突き落とされたような大きな悲しみでした。しかし、イエス様は、死の後で死から復活され、弟子たちの悲しみは喜びに変わりました。
十字架の死は、勝利を意味していました。悪魔は、イエス様が十字架で全人類の罪を背負って神様の罰をご自分の身をもって償い、贖う事を何とか阻止しようとしましたが失敗し、イエス様は父なる神様の計画を成し遂げられたのです。だからこそ、イエス様の苦しみ、弟子たちの悲しみは、イエス様の復活によって喜びに変えられたのです。イエス様の復活は、死への勝利を意味するのです。
私たちが、イエス様を信じ、イエス様につながって生きる時、イエス様が十字架を通って復活されたように、弟子たちがどん底の悲しみから喜びを味わったように、私たちのどんな悲しみも喜びに変わるのです。そう約束されているのです。
罪赦され、神の子とされ、永遠の命を頂いてある今を感謝!
ハレルヤ!

「 謝 謝 孫さん 」

お別れ会の孫さんある日の日曜日、とてもかわいい女の子が礼拝に出席していました。初めて出会った方でした。ひとつ席をあけて隣にすわりました。女の子は、礼拝が始まる前、熱心にお祈りを捧げていました。「この子はクリスチャンなんだ!」と思いました。讃美歌も歌っていたし、週報もみていたので、安心していました。礼拝後、初めて教会にこられ、中国から来られたと紹介されました。話しかけてみると、彼女はその時、たどたどしい日本語で答えてくれました。
以前イギリスにいた時、日本語の本を読んでいたら、中国人のお友だちに、「何の本をよんでいますか?」と質問された時のことを思い出しました。表紙に「神の答」と書かれてあった本をそのまま中国人の友だちに見せました。彼女は、漢字のみを拾い読みして、「GOD ANSWER」と英語で言ったので、二人で、大笑いしました。そのときのことを思い出し、週報の裏に漢字を書いて、彼女と筆談をしました。漢字を知っていた私を、「漢字よく知っていまね。」とほめてくれました。うれしかったです。
そんな貴方が、一児の母で、中国から日本に働きに来ているということを、知ってとても驚きました。
十和子ちゃんが安心して、いつも膝に抱っこしてもらっていたのは、あなたがママだったからかしら。懐かしいです。あれからどれだけの日が過ぎ去ったのでしょうか。日本での滞在を終えて、貴方は、中国に帰国されました。漢字での筆談や十和子ちゃんのこと、バザーのお手伝いをしてくださったこと‥思いだします。
別れを惜しんで送別会では、上達した日本語で、とても上手に挨拶をされました。 たくさんの思い出のなか、礼拝前にいつも、静かに一人でお祈りをされていた貴方の神様に対する真摯な姿は、私の脳裏に焼きついて忘れることができません。
ありがとう、孫さん。
いつでも日本に、名張に、桔梗が丘にきてください。そしてまた一緒に礼拝をささげましょうね。
お元気で。謝謝。 K.T.

第34回三重地区合同女性会

                           
2010年7月13日(火)第34回三重地区合同女性会が、桔梗ヶ丘ルーテル教会でもたれました。梅雨空の中でしたが、志摩、津、松阪、鈴鹿から出席頂き、午前中に礼拝と質疑が行われました。
 山岡由紀子牧師より「 上を向いて歩こう 」とエフェソ書2:8-10、コロサイ書3:15よりメッセージを頂きました。先ず一緒に歌うことから始まりました。私たちの人生の中に、涙することがあっても、全てをご存知であるイエス・キリスト様が共におられることを、教えられ元気を頂きました。
 交流の場では、会堂建設について、互いの情報を交換しました。また食事会のメニューのレシピを交換しましょうということになりました。女性会の様子も知ることができました。
 楽しいお食事タイムとなりました。おいしいお弁当、沢山の美味しいケーキ、フルーツゼリー、などたくさん頂きました。さすがに、桔梗ヶ丘教会のおもてなしは、心のこもった温かさに満ちています。みんなの顔がぱっと輝いて、話題も弾みよい交わりの時となりました。
 午後からのプログラムになり、中森姉のお証がありました。神様のお守りと恵みを覚え、一同心から主をほめたたえました。パペットショーもよかったです。みんなでする奉仕はなんと素晴らしいものでしょう。5つのパンと2匹の魚も、主に捧げた時、大きく祝福されたように、私たちの小さな奉仕も、主がおおきく用いてくださる恵みを感謝しました。
 最後に「 キリストの平和 」を賛美しながら、たくさんの方と握手をしました。
本当に、イエス様が真中におられることを感じ、温かいおもいで目がうるうるしました。主にある交わりの豊かさを味わったひと時でした。
 ご奉仕くださった山岡師、兄弟、姉妹、に感謝を申し上げます。
(私がこの報告をするのは、おこがましいのですが、喜びの思いを伝えられればと書きました。)
M.H.

世にあって星のように輝く

 イエス様は、十字架への道を歩み始められる最後の時期に弟子たちに別れの説教
をされ、祈られました。その祈りの中で、父なる神様にイエス様は「世から選び出してわたしに与えてくださった人々に、わたしは御名を現しました。」とおっしゃいました。私たちはこの世から選び出され、神様の子どもとされるという大きな特権と恵みに与っているのです。しかし、私たちは、現実にはクリスチャンになった後もこの世から離れて生活しているわけではありません。どっぷりとこの世の中に生きています。
 価値観、判断基準、物の見方は、この世からの影響を毎日受け続けています。そして、古い罪は、いつもいつも私たちの中で死なないで活発に働いています。もしも、私たちが、この世からの攻撃に無防備に生きていたら、すぐにキリストのものとされた恵みから離れてしまいます。
 パウロは、エフェソ書の中でこの世の霊との戦いについて、「立って、真理を帯として腰に締め、正義を胸当てとして着け、平和の福音を告げる準備を履物としなさい。なおその上に、信仰を盾として取りなさい。それによって、悪い者の放つ火の矢をことごとく消すことができるのです。また、救いを兜としてかぶり、霊の剣、すなわち神の言葉を取りなさい。どのような時にも、“霊”に助けられて祈り、願い求め、すべての聖なる者たちのために、絶えず目を覚まして根気よく祈り続けなさい。」と勧めています。どのような時も、私たちは、この世の霊に導かれるのではなく、神様の霊に導かれて、祈り、聖書のみ言葉から力と知恵を頂き、憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容な心を神様からいただきながら、歩んでいきたいものです。
 この世にあって星のようにイエス様の光を反射しながら、輝きたいと願います。



8月の聖書の言葉

「 あなたがたは神に選ばれ、聖なる者とされ、愛されているのですから、憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。」
(コロサイの信徒への手紙3章12節)


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    桔梗が丘ルーテル教会

    (近畿福音ルーテル桔梗が丘教会)
    牧師 : 屼ノ下 照光
       〈はげのした てるみつ〉

    神の栄光をたたえて生きる

    桔梗が丘ルーテル教会
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